5.全解任

 朝、血相を変えてやってきたダニエルの、村の古参の戦士達がノームの村へ、ギルの森の参謀見習と千之助の若頭解任要求に行ったという話を聞いて、アルフが事実の確認に家を飛び出していく。
 その背中を階段途中から見送ったカインは、玄関前でうなだれている母から目を背けて、自室へ戻った。
「やった……」
 でも一ヶ月前の暴力事件とは違い、何故か素直に喜べない。これで『あの方』の作戦が邪魔されることなく、成功するというのに、あの時とは違い胸がチクチク痛み、飾ったスティーブの絵もまともに見れなかった。
『二人で、もう一度頑張ろう』
 自分が手紙の検分の手伝いをすると申し出たときの、ギルの嬉しそうな笑顔と握手を思い出す。
「……これも、義兄さんと姫様と森の皆の為なんだ」
 自分に言い聞かせるように呟くと、階下から
「カイン!」
 レイナの呼び声が聞こえた。
「草原のオリバーさんから、手紙が着いたの!」
 母の滅多に無い大声に、急いで部屋を出て、階段を降りる。リビングに飛び込むとレイナが着たばかりの手紙をカインに渡した。
 オリバーらしい、白い、味も素っ気も無い封筒。裏を返すと封をしたベロに『〆』とだけ群青のインクで書かれている。つい、ここ数週間の癖で、それが滲んでないか確かめてしまうが、開封されたような跡は無かった。
「母さん、これ開けてよ」
「……でも……お父さん宛だし……」
「母さんと連名になってるから、母さん宛でもあるんだから大丈夫だよ」
 あの様子では父は今日は帰りが遅くなるだろう。中身が早く読みたくてせかす。母もそう思っていたのか、ペーパーナイフを持ってきた。封を開けて、レイナが手紙を開く。これまた横線のみ引かれた、シンプルな白い便箋に『〆』と同じ色のインクで達者な字が綴られていた。
 それを読んでいたレイナの顔がみるみる曇る。
「……アレン、オリバーさんにも何故森を出たか言ってないみたい」
 それはつまりはカインを父を、銀狼族全体を庇っての配慮だ。そして最後まで読み終えるとレイナはカインに手紙を渡した。
「アレン……草原の戦士になりたいんですって……」
「え!?」
 母の溜息と共に出た言葉に、カインは慌てて、手紙に目を落とした。
 手紙にはアレンが今月の初めにきたこと、理由を言わないこと、今は草原の戦士の手伝いをして、一緒に草原の警備に出ていることや、草原の訓練生に稽古を付けていることが書かれていた。
 そして最後の方にアレンが草原の戦士になることを望んでいることが綴られている。
 ……ダメだよ、義兄さん……!
 折角、自分が『あの方』に協力して、森の戦士から異母兄を解放しようとしているのに、彼はまた戦いの日々を送ることになってしまう。
 森よりは、穏やかで魔の者に襲われる率が遙かに少ないとはいえ、草原も浄化地。絶対、安全とは言えないのだ。
「……そうね。アレンは亡くなったお母さんと共に、草原で過ごすのが一番かもしれないわ……」
 お父さんに相談してみましょう。気落ちしながらも義息子を思い、レイナが小さく微笑んでカインから手紙を受け取り、丁寧に畳んで封筒にしまう。
 ……それではダメなんだよ……母さん……!
 ぐっと拳を握るカインにレイナは告げた。
「カイン、私、今からダニエルさんの奥様のところへ行って、この先、銀狼族の族長の妻として、どうすれば良いか、アドバイスを貰ってくるわ」
 これだけ大きな事件はレイナも森に嫁いで始めてだ。レイナが出掛ける支度を始める。
「貴方は家にいてちょうだい。どうも、この騒動には貴方が街にいて帰って来なかったことが関係しているらしいの。だから、参考に意見を聞かれると思うから、ギルさんや若頭の為に、ちゃんと説明してあげてちょうだい」
 いつになく強い口調でレイナがカインに釘を差す。
「解った」
 答えるとレイナはショールを肩に家を出ていった。
 ドサリ……。リビングのソファに腰を下ろしてカインは口の下で手を組んだ。
 あの責任感溢れる異母兄のことだ。そう簡単に草原の戦士になったりしないし、なるのだったら、絶対森の主や自分達家族や友人に断りに来るだろう。
 それまでに……『あの方』に術を完成させて貰わなくては……。
 しばらくは、この騒動で出られないが、落ち着いたら、街に行って『あの方』に直接頼んで来よう。
 カインはそう決めると、いつでも街にいける支度をしに、二階の自室へと戻った。


「全く、銀狼のヤツら勝手なことばかり言いやがって……! お前等が悪いんだろうがっ!!」
 吠える影烏族の戦士をノームの戦士が宥める。
「取り敢えず、今日で、若頭が職務に復帰出来て良かったな」
「はん! もし若頭まで解任されてたら、オラぁ、戦士辞めてたね」
「ギルさんが全部負っ被って、自分が参謀どころか、戦士も辞めることで事を納めて下すったからな……。それに引き替え銀狼は……!!」
 昼休みを終えた戦士達が、口々に喚きながら、森の主の塔を出て行く。その声をリビングに降りる階段の入り口で聞いていたフェスは赤い髪を揺らして、大きく溜息をついた。
「ギル……」
 十日前、半分涙目で、彼の森の参謀見習の解任書にサインを入れる自分をギルは優しく慰めてくれた。
『大丈夫だよ、姫様。ボク、まだ諦めたわけじゃないから』
 そう言って、にっこり笑って震える彼女の手を包んでくれた手。ずっとハンマーを持って戦った、豆だらけの堅い手。なのに、その憧れて、憧れて、ようやくなった戦士まで辞めなければならなくなったのに、彼は最後まで彼女に笑みを向けていた。
 ギルと千之助が去年の年末に、街の警備隊にカインを探して貰う為に、銀狼族の恥である族長の跡目争いを話したことから発した、銀狼族からの二人への解任要求。その査問委員会は翌日速やかに、ここ森の主の塔で行われた。査問委員は公平さの為、長を除く、各種族の戦士からランダムに五名ずつ選ばれる。そして、査問を受ける者や関係者から話を聞き、その結果、十五名で話し合って処罰が決められる仕組みになっていた。
 影烏とノームの十名の委員は銀狼の訴えに最初から難色を示した。なんと言っても、事は銀狼族の中の諍いのせいで、二人はそれをなんとか納めようとしてやったことなのだ。しかも、その後、一時的だったとはいえ、事は上手く収まったし、被害も銀狼のプライドが傷ついたということだけで、実害は出ていない。それで、有能な戦士である二人をそれぞれの役目から解任するのはいき過ぎだと。
 しかし、銀狼の委員はこれをガンとして拒否した。銀狼族は結束が高い分、非常に誇り高い。それを傷つけられるのは種族全体を馬鹿にされたことで、実害よりも傷が深いと訴えた。アルフの話によると、彼が散々奔走したにも関わらず、委員は皆、古参の排他的な人物ばかり選ばれたらしい。
『すみません……。何度も公平さに欠けると言ったのですが『贖罪の森』の大襲撃にいなかった族長に、何を言われても、と拒否されてしまって……』
 森の大事『贖罪の森』の大襲撃にときに草原にいたアルフは、以前からも、ちょくちょく、古参の戦士達にその事で意見を聞いて貰えなかったことがあるらしい。各長に彼は深く頭を下げて謝り回っていた。
 このままでは、アルフと古参の戦士の間にまで、大きな溝が出来てしまう。その兆しが見え始めたとき、ギルが全ては自分が勝手にやったことだと言い出した。
『そもそも、カインくんに手を上げたのに、ボクがこんな軽い処罰で終わったのがいけないんです。ですから、ボクは森の参謀見習も、ノームの参謀も、戦士も辞めます。だから、千之助さんの若頭解任だけは、許して下さい。でないとアレンさんのいない今、森の警備体制がガタガタになってしまう!!』
 この訴えに影烏とノームの委員が、彼の意見はもっともで、しかも、彼自身これ以上はなく罰を受けるのに、お前達は、まだ駄々をコネるつもりかと銀狼の委員を諭し、結局ギルは全ての役目を解任の上、ノームの戦士を除籍。千之助は半月の謹慎。ほとぼりが冷めるまで、当分の間、街の警備隊や他の浄化地に勝手に連絡を取らないこと、という処罰が下った。
「ギルってば……」
 千之助は今日からまた森の警備に復帰したが、戦士をやめさせられたギルはあれから畑の畝起しをしたり、家畜の世話をしている。そして、この騒動の根本の原因となり、委員会に参考人として呼ばれたカインは、委員に質問されても、曖昧な弁明をするばかりで、先日また森から姿を消し、二人への申し訳なさと、二人の息子が家を出た心労から、レイナがまた寝込んでしまったという。
 リビングに入り、一月半ほど前まで、ギルや千之助、アレンがお昼を食べながら賑やかに話をしていた席に座る。
 あのときは、こんなことになるなんて思わなかったよ……。
 森に何か起きようとしているのではないかという予感が、最悪の形で当たり続けていることに、視界がうるうると滲んでくる。両手で顔を覆ったとき
「フェス、客だ。ステラさんが来てるぞ」
 ラドがリビングにやってきて、優しい声で告げると、ぽんと大きな手で彼女の頭を軽く叩いた。


「これを姫様に食べて貰いたくて」
 ステラがバスケットを開けて取り出したのは、鮮やかな赤や紫の早摘みのベリーが乗ったタルトだった。
「ギルちゃんが、例の『昔取った杵柄』で、沢山摘んできたの」
 思わず美しいタルトに見惚れるフェスとラドに微笑んで、ステラはバスケットの底から分厚い封書を出した。
 周囲を見渡し、さっとそれをフェスに渡す。
「これは?」
「ギルちゃんが言っていたでしょ『ボクはまだ諦めてない』って」
 封書を隠すように頼んで、ステラが唇に指を当てる。
「その封書の中に書かれているボクの説明通りに、マルセイヌ国のカトリ姫に、こっそり手紙を出して下さいって」
 但し、それはフェスとラドだけで作業して、同居人のモールとフラウ夫妻にも隠して欲しいとステラはギルの伝言を告げた。
「どうして?」
「実はギルちゃんが家を出る前に、解任を要求に来た銀狼族の人達が、ギルちゃんが海でテオ様に直接会おうとしていたことを知っていたの」
 それは、あの日、この塔で話し合った人物しか知らず、ステラやエマですらギルがカターリナ国に行くとだけしか知らなかった。
「だから、きっと、あの中に情報を漏らした者がいるんじゃないかって」
 あのとき、銀狼族の戦士達が『間に合った』と言っていたことから、ギルは彼等を寄越した者の目的が、自分達を解任することでなく、彼がカターリナ国の行くことを止めたかったのではないかと推理したのだ。
「なるほど……」
 ラドが唸る。
「つまり、それは……手紙を覗いている連中ということか……」
「はい。だから、これはギルちゃんと私と、姫様とラドの旦那だけの秘密にして欲しいんです」
「若頭とフレッドも知らないの?」
 フェスの疑問にステラは小さく笑った。
「ええ、二人に言われたらしいの。『お前はイヤかもしれないが、一度全部秘密にしてやってみろ』って」
『まあ……どうせ、ボクのやることは、二人にはお見通しだからね〜』
 ギルは笑っていたという。
「俺は良いのか?」
 ラドは今でこそ、フェスの忠実な下僕だが、元は『三界不干渉の掟』破りの罪人。天界聖獣軍の少佐だ。
「ええ、ギルちゃんが『旦那が姫様を裏切るなんて、全界の天と地がひっくり返っても無いからね』って言ってました」
「なんだそりゃ……」
 黒い肌の竜人が太い腕を組んで、顔をしかめる。そんな彼をフェスが嬉しそうに見上げる。
「だよね〜」
「ですよね〜」
 顔を見合わせて、にこやかに笑う少女と女性に、ラドがますます顔をしかめる。リビングに久し振りに可愛らしい笑い声が響いた。


 シュン……、シュン……。
 ピンクのレース模様の封筒を蒸気に当てる。ゆっくりと開いてきたベロをそっとに開けて、テリーは眉を寄せた。
 森の主から、姉のように慕う、マルセイヌ国の姫君、花園の主に当てた手紙。花柄の便せんには、ごく普通の女の子のたわいもない話と……何故か一枚だけ、表が白い毛に覆われ、裏がつやつやと緑に光る木の葉が入っていた。
 …………。
 テリーの犯罪者として、それなりに修羅場をくぐってきた勘が、これはなにかあると警鐘を鳴らす。だが、彼は手紙と木の葉を封筒に戻すと再び封をした。
 潰した森の参謀見習の計画から、更に慎重になった『あの方』から森から他の浄化地に送る手紙は全て破棄するように命令が出ている。
 テリーは手紙を上着のポケットに入れた。
 間が焼かれた恐怖からか、黙々と作業を続ける幽魔達の間を抜ける。
 ……ここから逃げてやる。絶対に……。
 テリーは明日、郵便局に戻し、郵便車両に乗せる箱に、その森の主の手紙をこっそりと落とし入れた。


「カトリ〜。そろそろ寝る時間だよ〜」
 マルセイヌ国の王城、薔薇の園の中に立つ白亜の城の姫君の部屋に、茶色い小柄なモグラ型獣人、護衛兵士のトニーが入ってくる。
「明日は『思慕の花園』に行く日だから、早く寝ないと朝がキツイよ〜」
 もくもくと尖ったピンクの鼻を震わせながら、パジャマに着替えたものの、まだランプの付いた机に向かっている姫君、カトリーヌの背中に声を掛ける。
 よいしょと背伸びして机を覗き込むと、彼女は先日送られてきた、妹のように可愛がっている森の主の少女の手紙を読んでいた。
「また、その手紙を読んでいるのかい?」
「うん……どうしても気になって」
 カトリが手紙を手に持ち、ひらひらと便せんをめくる。いつものように、森で暮らす少女の日常のふとしたことを書いた手紙だが、いつもより誤字が多く、綴られた文字のあちらこちらが訂正され書き直してあった。
「なんだろう……こう……何かいつもと違う気がするの……」
 カトリは細い指で同封してあった、変わった木の葉を摘んだ。
 表に白い毛、裏は緑の光沢のちょっと変わった木の葉。
「ああ、それなんだけどね……」
 トニーはカトリの部屋から、隣の自分の部屋に繋がるドアを潜ると、植物図鑑を持ってきた。
「それ、どこかで見たことあるなぁ〜って思って調べたら『贖罪の森』固有の木の葉っぱなんだよ」
 しおりを挟んだページを開く。そこにはカラフルな色彩の細密画で、まるで枝が根のようにくねった木の絵が描いてあった。
「通称『あべこべの木』っていうんだ。葉は普通の木の葉と裏表が反対みたいで、木全体が地面から逆さまに生えているように見えるんだって」
 森に滞在していたとき、花園の精鋭戦士であると同時に城の庭師見習でもあるトニーが森で見掛けた面白い木に尋ねたところギルが丁寧に教えてくれた。
「『あべこべの木』……葉が裏表反対で、幹が逆さま……」
 ぶつぶつとつぶやきながらカトリが便せんを裏返しにして机に並べていく。
 彼女の灰青色の瞳が大きく見開いた。
「トニー見て! これ文字を間違えているところ、裏返しになっている!」
 カトリが立ち上がる。その椅子にトニーが飛び乗った。
「本当だ…」
 誤字はいわゆる裏返した文字に横に線を引いて訂正したように見せかけており、便せんを裏から見、訂正線を取ると、普通の文字に見えるようになっているのだ。
「でも……これじゃあ」
 文字を拾って読んでも何の意味もない。カトリの目が開いた図鑑を見た。
「逆さま……もしかして……」
 カトリはペンと紙を出すと手紙の終わりから順に文字を書き出していった。
『森・異変・起きている。王府・知らせて』
 二人は顔を見合わせた。
「トニー! お母様は!?」
「まだ、起きていらした! 部屋に明かりが付いていたよ!」
「お母様のところへ行くわよ!!」
 カトリは手紙と木の葉を手に、トニーは図鑑を抱え込む。二人は慌てて、部屋を飛び出した。


 幽魔となってから身についた力で、竹筒の水で空に鏡を作り出す。手を翳すとゆらゆらと星明かりだけが映る水鏡に、眼下の冥界王府直営の施療院が映った。
 ゆっくりと像を動かし、闇夜に警備の為に多くの松明を灯す、特別棟を映す。王府軍のいかつい兵士が夜警に立つ渡り廊下を、銀色の髪の背の高い侍女風の服を着た女が走っていった。
 女が隣の棟に消えて数分……医者らしき白衣の男と同じく看護師らしき女達、そして、さっきの銀色の髪の女と共に、ベージュの毛並みに濃い茶色の毛がメッシュのように入った細身の犬型獣人の男が駆けてくる。
 その様子に水鏡を作った幽魔……修羅の口元がゆっくりと曲線を描いた。
「良かったな…奴が目覚めたようだ……」
 腰の白い鞘に収まった太刀の柄に手を掛ける。
「お前が『追憶の海』の若き主のもとに渡った『水月』を追った意味があった」
 修羅は愛おしげに柄を撫でた。
「折角『日輪』が苦労して目覚めさせたのだ。『あの方』には黙っておくか」
 様子を見てこいと言われた片割れの犬の方も、あの走りっぷりでは近いうちに復帰出来そうだ。くくっと喉を鳴らす。
「新之進……いや、今は雪之丞か……。その命『日輪』の免じて預けておく」
 修羅は水鏡を消した。星明かりの下、淡く光る水玉を地面に散らす。
「早く吾を討ちにこい」
 楽しげに呟く。身を翻すと彼は月の無い夜の闇にゆるりと消えた。

マリオネット END and To be continued


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